映像と画像で知るペニス増大サプリの効能と今後を解説してみた

自分が思っていた以上に、ペニス増大サプリを飲んでいた性欲の強かった旦那さんに驚きました

私は、結婚相談所を利用して結婚をしました。
お付き合いをしているときにはとてもまじめな方で、付き合って、半年後に始めて旅行に行き、そこでキスをしたくらいなので、私としては、旦那さんはそれほど性欲がない人なんだと思い込んでいました。

結婚をするまでも、一人暮らしをしている旦那さんでしたが、家に呼ばれることも無かったですし、婚約をした後には、何度かラブホテルに行ったのですが、それも、月に一度くらいのペースでした。ペニス増大サプリを毎晩飲んでいたのです。

なので、結婚をしても、これくらいのペースでもエッチになるのかなと想像していて、私としてはあまり毎日のエッチというのは得意ではないので、自分のペースに合っていて良かったと思っていました。

ですが、結婚をして一緒に暮らし始めると決まると、旦那さんの性欲が爆発しました。

まだ一緒に暮らし始めては居ないのですが、暮らし始める準備として家具の搬入がありました。
そして、寝具も搬入され、とりあえず生活ができるという段階になりました。
すると、まだ、住み始めても居ないのですが、「エッチをしたい」といわれ、届いて早速の布団の上でエッチをすることになりました。

その日は、まだ、生活を始めていないので、エッチをしてそれぞれの自宅に帰ることになりました。
そして、実際に2人で野生活が始まると、旦那さんは毎日エッチをしようと誘ってくるのです。

布団に入って、まだ新しい家で慣れない生活ということで疲れていたので早く眠りたい私なのですが、旦那さんは、私の胸を触ってきたり「良い臭いがする」といって、近づいてきます。

私も、そのように旦那さんが来てくれるので拒むことは無く、エッチをするのですが、旦那さんのエッチはとても時間をかけてゆっくりとするので、2時間以上はかかります。

しかも、旦那さんが満足するのは一番最後で、それまでは私のアソコをいじって私の反応を見るのが好きなので、1時間以上は私は、いろいろなところをいじられ、乳首が弱い私なのですが、乳首をいじってその反応を見ています。

私は、長くエッチをしていると、トイレに行きたくなるので、途中から何度も「トイレに行きたい」と伝えるのですが、「ダメ」といって、引き止められます。
ですが、さすがに、新居を汚すわけには行かないので、トイレに行かせてもらうのですが、これが、毎日続き、さらに、旦那さんが休みの日には、朝までエッチをします。

ここまで、ペニス増大サプリとエッチが好きな旦那さんだと思っていなかったので、驚きました。

私は社会人の男性です。学生時代、アメリカの大学に一年ほど留学していました。日本の大学では考えられませんが、アメリカの大学内では、野外でDJが大きな音楽を流しながら、クラブのようなパーティーを開催されることがあります。私はあまりクラブというものが得意ではないので、普段はクラブには行きませんが、友達にどうしても一緒に行ってほしいと誘われて、行くことになりました。

到着すると、既に大きな音楽が流れており、たくさんの学生たちがダンスをしていました。私はそういった人たちの輪に入れず、ただ遠巻きから見ているだけだったのですが、ある一人のアメリカ人の女性が私の手を引っ張って輪の中に入れてくれました。その時は、恥ずかしくて輪の中に入ってもなかなか踊り始められませんでしたが、その女性が手取り足取り教えてくれ、徐々に私も楽しくなり、踊り始めました。すると、その女性の動きがエスカレートしてきて、かなりいやらしい動きをするようになりました。私は驚きましたが、アメリカ人は積極的な人が多いと、それまでの留学生活で実感していたので、そこまで戸惑いはありませんでした。

しばらくそんないやらしいダンスに付き合っていたのですが、向こうの女性もそのダンスに飽きてきて、すこし恥ずかしくなったのか、ダンスをやめて、私を輪の外に連れ出し、話始めました。私はまだあまり上手ではなかった英語で必死に自分のことを説明したり、相手の話を頑張って聞きました。そして向こうの女性は、その私の必死さが面白かったのか、一緒に部屋に来ないかと誘って来ました。

ペニス増大サプリを飲んでいたおかげでちんこも元気ですし日々楽しく過ごすことが可能になります。

ペニス増大サプリのオフィシャルサイトでは増大を効率的にする方法が記されています。

ペニス増大法やサプリについては、どこよりも詳しく解説している自信はあります。

それでも解説しきれていない悩みや相談、もしくは感想なども喜んで受け付けているので、気軽にメッセージを送ってください。

いずれにしても、重要なことはペニス増大サプリを選ぶことではなく、しっかりと行動にうつして最低でも3か月は飲み続けること。

しっかりとペニス増大サプリを飲み続けることで、私やこのサイトにご報告を頂いた方のようにちんこは必ず大きくなります。
引用参考:ペニス増大サプリランキング~5cmちんこを大きくした漢の忘備録

このように、ペニス増大サプリを正しい方法で摂取していく事が最善であり最適な方法なのです。

私はかなり動揺しましたが、相手もそんなに悪い人ではないようだったので、ついていくことにしました。彼女の部屋は大学の中にある寮で、すごく綺麗に整理されていて、女の子の部屋にあまり入ったことがなかった私はかなり緊張していました。そんな私の様子を察したのか、彼女はコーヒーを出してくれ、特に何もすることなく、ただ二人で話をして、最後にSNSのIDを交換して別れました。

また、食事もペニス増大には非常に重要です。

農林水産省のホームページでも食事の重要性は下記の様に述べられています。

正しい食事をする事によって健康的な体を手に入れることができると言われているのです。


1日に、「何を」、「どれだけ」食べたらよいかを考える際の参考にしていただけるよう、食事の望ましい組み合わせとおおよその量をイラストでわかりやすく示したものです。
引用参考:食事バランスガイドについて|農林水産省

後日、何度かSNSでメッセージの交換はしたのですが、結局恥ずかしさもあって、もう一度会うことなく私は留学期間を終えて帰国しました。今になって考えると、あの時もっと私が積極的になれれば、付き合うこともできたかもしれないと思い、惜しいことをしたと後悔しています。ただ、帰国後も時々SNSで連絡をすることがあるので、またアメリカに行く機会があれば、もう一度会いたいと考えています。

ペニス増大サプリを飲んで義妹が家に泊まりに来て中出し

俺は23歳、ペニス増大サプリを飲んでいた。社会人になったのを機に自宅を出て1人暮らしを始めました。

我が家は少々複雑で、俺が物心つく前に両親は離婚。以降父子家庭でしたが、小学校5年のときに父が再婚し、義母と、その連れ子だった3歳下の妹ミサキができました。

義理ともミサキとも、すぐに仲良くなり複雑な家庭とは言いつつ、嫌な思いなどしたことはなく、ミサキもすぐに懐いてくれて、仲の良い兄妹として過ごしてきました。

ミサキは中学生くらいから可愛いくなり、どんどん成長するにつれて、美少女になっていきましたが、やはり義理とは言え妹ですから、いくら可愛くても兄妹として付き合ってきたのです。

ミサキも俺を慕ってくれているのか、大きくなってもお兄ちゃん子で、兄妹の仲の良さは大きくなっても変わることはありませんでした。

最近俺が社会人になったのを機に、実家の近所で1人暮らしを始めると、20歳の女子大生になったミサキがやって来るようになります。

ミサキには合鍵を渡していたので、俺が会社から帰ると手料理でミサキが迎えてくれることも増えてきました。

あるときふと俺が「ミサキは料理の腕がどんどん上がってきたね?母さんより上手いかも。もうお嫁に行っても大丈夫そうだね?」
というと
「お兄ちゃんは私がお嫁に行ってもいいの?」
と少し悲しさな顔をして言いました。
「ミサキがお嫁に行くのはイヤだなぁ?ところでミサキって彼氏の話とか聞いたことないけど、いないの?」

ミサキには男の影らしきものがありません。
その日の少し前に母もミサキの男っ気の無さを心配していましたし、妹という贔屓目を抜きにしてもミサキは美少女と言えます。

「だってずっと子供のころから好きな人がいるから」
と神妙な顔でいうミサキに少し俺は驚き

「へえ、そんな人いたんだ。どんな人かな?俺が知ってる人?」

と聞くと衝撃的なことをミサキが言います。
「お兄ちゃんだよ?私は小さい頃からお兄ちゃんが大好き。お兄ちゃん以外の男性なんて魅力を感じないの」

と言われて俺は困ってしまい、返事もできず気まずい空気が流れたので、お風呂に入りましまた。

風呂に浸かりながら、何て言おう。ミサキは妹だし。でも可愛いし。正直そう言われて嬉しい気持ちもあるし。

一緒に競馬中継も映像で見ました。

と複雑な心境のままお風呂を出ると、ミサキが
「私も入っていい?今日は遅いしお兄ちゃんとこに泊まるってお母さんにも電話したから」

と言って、俺の返事も聞くことなくお風呂に入って行きました。

まぁ泊まるだけなら。と思い、少しテレビを見ながら待っていると、ミサキがお風呂から出てきましたが、なんと裸にバスタオル一枚という姿で俺の前に現れました。

ミサキに着替えを用意してやろうとすると俺に抱きついてきて
「お兄ちゃん、私を抱いて!私経験ないの。始めてはお兄ちゃんがいい!」
と言い始めました。

妹だから。と理性が働きつつも、バスタオル一枚の美少女に抱きつかれてムラムラとしてしまったのも事実です。

ミサキがまだ処女だったことも驚きましたが、同時に誰か他の男に取られるくらいなら、自分が。とも思ってしまい
「ミサキ、本当にお兄ちゃんが相手で後悔しないのか?」
「うん、お兄ちゃんがいいから後悔しない。だからお願い」

と言われ、もう理性は吹き飛んでしまって、ミサキにキスをしました。

同時にミサキのバスタオルを剥ぎ取ると、以外に大きなミサキの胸が現れ、吸い付くと色っぽい声をミサキが上げます。

しばらくミサキの胸を堪能し、秘部へと手をやると、もうバッチリ濡れていたのです。

そしてミサキのアソコをいじってやると、さらに艶めかしい声をあげます。

もうミサキに入れたい。そう思った俺は
「ミサキ、入れてもいいか?最初は痛いかもしれないよ?」
と聞くと
「うん、痛いのは覚悟できてるけど、お兄ちゃんなら我慢する」
と言うミサキの決意を聞いて、入れようとしますが、考えてみれば彼女も居ない俺の部屋にはコンドームなんてありません。

そのことにこのタイミングで気付いた俺は
「ミサキ、ごめん。コンドームがない。買って来ようか?」
「いいよ?そのままで。初めてはお兄ちゃんに生でしてもらいたいし」

というミサキの言葉に、いけないとは思いつつも、生挿入を決意しました。

ミサキの綺麗な色のアソコに、息子をあてがい、一気に体重をかけて挿入しました。

「いったーい、痛いよっ!」
というミサキの言葉を聞いて
「ごめん、やめようか?」
と言うと
「いい、我慢するから。お兄ちゃん、全部入ったの?」
「うん、奥まで入れたよ?」
「痛いけど嬉しい!お兄ちゃんとひとつになれたんだね?」
そんな嬉しいことを言ってくれるミサキが可愛いくて
「ミサキっ、可愛い、好きだ。お兄ちゃんだってミサキのことがずっと好きだったんだ」
とキスの雨を降らしてやると、ミサキは薄っすら涙を浮かべ
「嬉しい!お兄ちゃんもそう思ってくれていたなんて。私もお兄ちゃん大好き!」
と言いながらキスに応えてくれました。

しばらく痛がるミサキが可愛そうだったので腰を動かさずにいましたが、そろそろ慣れて来た感じに見えたので、腰をゆっくりと徐々に降ってやると
「アン、痛い、痛いけど少し気持ちいい!」
とミサキが反応し始めました。

そうこうしていると早くも俺はイキそうになってきたので
「ミサキ、痛いよね?早く終わらせるからね?少し痛いだろうけど我慢してね?辛かったらお兄ちゃんにしがみついて良いからね?」
と言い、激しめに腰を振ると、やはりミサキは痛いのか俺にしがみついてきました。

しかも足まで絡めてしがみついてくるので、外に出すつもりか抜くことができず、ミサキの中に出してしまいました。

最高に気持ち良かったですが、でも血が繋がっていないとはいえ、妹に中出ししてしまいました。

「妊娠」という二文字が頭にチラつきましたが、まずはミサキに謝ろうと
「ミサキ、ごめん。ミサキが足を絡めるから抜けずに中に出してしまった」
というとミサキは
「へっへっへー、作戦成功!」
と言いました。
「初めてはお兄ちゃんに中に出して欲しかったの」
「でもお前、もし子供ができたら」
「大丈夫だよ?ちゃんと安全な日を計算して今日来たから」
「じゃあお前、今日は最初からそのつもりだったの?」
「うん。お兄ちゃんに抱いてもらうなら今日しかないって思っていたからね?」
ミサキは俺が思った以上に策士だったようです。

「お兄ちゃん、私のこと好き?ずうっと愛してくれる?妹としてじゃなくて女として」
「ああ。お兄ちゃんもミサキ以外の女は考えられない。ずっと愛していくよ?」
「嬉しい、いつかお兄ちゃんのお嫁さんにしてね?私たちは兄妹だけど血は繋がってないから多分大丈夫だよね?」
「そうだな。ミサキをお嫁さんにできる日が来ればいいな。でも父さんや母さんになんて話そうか」
「私が社会人になって自立したら2人で話さない?それまでは秘密にして」
「そうだな。そうしようか」

ということで俺たち兄妹はこの日を境に、将来を誓い合う恋人同士になりました。

ミサキは俺の家に週の半分はやって来るようになり、家事をやってくれて、セックスもして愛し合っています。

ミサキは今はセックスにも慣れ、痛がることもなくなりましたが、心配なのはミサキがコンドームを嫌がることです。
「どうせ結婚するんだから、別にできてもいいじゃん」
なんて言いながらコンドームを付けさせてくれません。

そろそろ勘のいい母は気づき始めているようで、両親にキチンと話をしなければならないかもしれない。ということを考えると憂鬱にとなります。

しかしミサキの幸せそうな顔を見ていると、コイツを一生守っていこう。と決意しています。勿論、ペニス増大サプリを飲んで。

家族計画にはまず生理周期が整っているとスムーズ

長男の妊娠は予定外だったので、私は子作り、いわゆる妊活に関してはあまり知識がありませんでした。しかし一人目ができて「やっぱりもう一人、いたらいいかも」と思うようになりました。一人っ子でもいいけれど、兄弟がいた方がいいなあと漠然と思ったのです。長男を産んだものすでに30歳後半だったので、あまりのんびりもしていられません。

ひとり出産しておいて、排卵日について何も知らないというのなんですが、もう一人作ろうと思って初めて排卵日など、妊娠などについて調べてみた次第ですした。

生理周期が安定しているのが前提ですが、排卵日から次回生理が開始日は基本的に14日間。私はだいたい30日周期だったので、30日ー14日=16日、という事で、生理が始まって16日後が排卵日だとわかりました。排卵日当日よりも、あらかじめ精子が子宮にいた方が妊娠の確率も上がりやすいという事で、15日後に性交を行うと、妊娠しやすいという事でした。

近くに頼れる親などがいない私は、里帰り出産を希望していました。実家が遠方にあるので、少なくとも出産前後3か月は実家暮らしとなる予定。しかし、長男は翌年に幼稚園に入れたいと思っていたので、春までには産んで自宅に帰れるほうが望ましい。そんなことで逆算してみると、今月か来月には着床しなければなりません。もしすぐにできなかったら、時期をずらしてまた考えようと思っていました。

そんなに簡単に妊娠しないよな、と思っていたのですが、ありがたいことに、うまく妊娠できてしまったから驚きました。体ってすごいな、としみじみ。

おかげで、実家で里帰り出産できて、長男の入園式までに自宅に戻ってくることができてとてもよかったです。

今回すぐに妊娠できたのも、生理周期が決まっていたので、排卵日を確認しやすかったのが大きいと思います。排卵日は生理周期が安定していないと計算することが難しくなります。

基礎体温を計って知ることもできますが、体温はその日の体調に影響を受けやすいという点もあります。

やはり、体を整えて、生理周期を安定させるのが排卵日を知るのに大切です。日頃から気をつけたいのが、ストレスや食生活の乱れです。

私も、仕事が忙しく残業続きだった頃は、生理がよく遅れていました。ストレスによって女性ホルモンの分泌がうまくいかなくなることがあるそうです。

これから子供をほしいと思っている人は生理周期をもう一度確認することが大切だと思いました。

家の長男と次男 〜私なりの3人家族のあり方〜

 

若いうちに子供作ったほうがいいよ」「我が子は最高にかわいいよ」と会社の先輩方から煽られたのがきっかけで、当時25歳の私は安易な思いで授かり婚をしようと思うようになりました。

 

当時の彼氏(今の旦那)に経緯を話すと「俺、種がないかもしれない」と言われ「とりあえず妊娠したら結婚しよう」と同意のもと子作りに励みました。

今思うと若さ故に先の事なんか全然考えて行動していなかったと少しばかり後悔しています。

だんだんと食欲がなくなり、胃もたれが続くなぁと頻繁に思うようになりました。

家族に相談してみたら「それ、つわりじゃないの?」と言われ、もしかしたらと産婦人科に行ってみると「おめでとうございます」凄くうれしい反面、親になるという恐怖心が芽生えました。

産婦人科での結果を旦那に伝えると、泣いて喜んでくれました。本当に良かった。あなたの子供を産むことができて。と、思ったのもつかの間、実は旦那には200万の借金がある事が判明したのです。

それも滞納しているとの事。夢だった温かい幸せな家庭が築ける日々が始まると思っていたのに、最悪な幸先でした。月々10万の返済をする事になり、生活費もギリギリ。なのに旦那は友達とパチンコに行ったり飲みに出かけたり独身の時と変わらない生活を続けていました。

それを私の両親に話すと「自分の子供だと思って躾けないと、これからの夫婦生活が成り立たなくなるよ」と言われました。しかし中々うまく行く訳もありません。

お酒を飲むと記憶を無くす旦那だったので暴れる事なんて日常茶飯事です。お金は無くなるばかり。毎日が地獄でした。

このままではお腹の子供がかわいそう。育てて行く事が出来ない。そう思う様になり、おろす決意を旦那に伝える事にしました。いざ話そうとすると涙は止まらないし、言葉が詰まってしっかり喋る事ができませんでした。

どうにかこうにか言い切った時に旦那が泣きながら「本当にすまなかった」と謝り、それ以来飲み会に参加してもお酒は飲まないし、友達とのパチンコもなくなったので、とりあえず一安心する事ができました。

子供が生まれ三人での生活が始まると旦那も一緒に育児や家事を手伝ってくれると思いきや、脱いだ服は床におきっぱなしだったり、電気がつけっぱなしだったり、箪笥の引き出しは開けっ放しで「それぐらい自分でできるでしょ子供じゃないんだから」と言うのが口癖で、まるで子供二人育てているみたいと思う様になりました。

逆に子供二人育てていると思えば地獄の様だった毎日も少しづつ楽しくなるのではないかと考え、旦那ではなく長男と思って今では扱っています。

子供に負けじと甘えて来たりして大人げない姿が見れたり、子供と無邪気に走りまわっている姿を見ていると、なんだかんだで幸せなんだなと思います。

頭で考えすぎず、自然に赤ちゃんがくるのを待つということ

私たち夫婦が子作りをしようと思い立ったのは結婚してから半年ほど経った頃でした。

10年間のお付き合いを経て結婚し、もう二人きりの時間は十分すぎるほど過ごしていました。

結婚する前から夫も私も、将来子供ができるということを当たり前のように考え家族としての夢や希望を語っていました。しかし結婚していざいつ子供ができてもいいという状況になったときに、なぜか尻込みしてしまう自分がいました。仕事はどうするのか、夫だけの収入で生活していけるのか、子供ができることによって自分の生活、体、心はどう変わっていくのか。

子供ができるということが未知の世界のことのようで、考えれば考えるほどどうにも動けなくなってしまっていました。それでも赤ちゃんが欲しいという気持ちはあり、また、友人が子供ができないと悩んでいたので、自分たちは赤ちゃんを授かれるのだろうかという不安もありました。

 

そこでまず私は、基礎体温を測ってみることにしました。基礎体温という言葉は知っていても知識はほとんどありませんでした。

ドラッグストアに基礎体温計と記録する紙を買いに行き、説明書を熟読して基礎体温とグラフについて勉強しました。基礎体温を計り始めたことは主人に話しましたが、事細かに説明はしませんでした。

ただこれをきっかけに、お互い子作りをしようという雰囲気になったような気がします。そして妊活に必須な葉酸サプリメントも飲み始めました。

この時点でも子供ができたら仕事やお金はどうしよう、ということについては答えは出ていませんでした。

3ヶ月ほど基礎体温をはかりグラフにしていきましたが、1ヶ月分のグラフをあとから振り返って「この日が排卵日だったのか」と分析するような呑気な感じの妊活でした。

排卵日などと意識せずに自然に過ごし、でも記録だけはつけ、4ヶ月目に妊娠しました。

 

もちろん嬉しい、でも色々不安、どっちにしろ世界が変わった瞬間でした。それからはひどいつわりに悩まされながらも親や職場への報告、今後の話し合いなどに追われました。

結果的に私は退職することを選び、専業主婦となりました。

 

元気な赤ちゃんが生まれ、慣れない育児に奮闘し、3年後には第二子が生まれ、今でも子育て真っ只中です。

子作りを振り返ってみると、あのとき色々考えすぎて前に進まなかった結婚してからの数ヶ月、考えすぎても意味がないよと教えてあげたいです。

赤ちゃんを授かり元気に生まれてきてくれるということは本当に奇跡であり、仕事や環境はいくらでもなんとかなると思うからです。大切な我が子を守るために親は必ずなんとかするからです。

ストレスを軽減する事が妊娠への一番の近道。

子作りに関して言える事は、まずストレスをためない事が一番です。

それは片方のストレスがない状態では無くて、男性も女性もストレスが無い状態がベストです。

 

私自身の経験としては、夫がいわゆるブラックに務めて居た時、全くと言っていいほど妊娠する様子すらありませんでした。それどころか夫はドンドン体の調子が悪くなってくるし、下手したら睡眠時間も、お昼すら食べる時間もありませんでした。

それくらいブラックすぎて、とても妊娠なんて出来る余裕すらありませんでした。それでもなんとか子作りには励んでいました。

結局夫の様子がドンドンおかしくなってきたので、うつ病などで精神的に殺されるくらいならと、鬼嫁を装って無理矢理会社を辞めさせました。

そして、ある程度休みがとれる、公務員並みの勤務形態の会社を夫に勧めた所、見事に合格してそこに勤める事ができました。

勤務時間も、お昼休みの時間もきちんと取れて、体にケガを負うような事がなくなり、毎日きちんと睡眠時間もとれるようになりました。

日増しに顔色が良くなっていく夫の姿と、日増しに笑顔が増えていく夫の表情が今でも心に残っています。

もともと明るく、よく冗談を言って笑わせてくれていた、恋人時代を思い出して私もとても嬉しくなりました。

体力も戻ってきて、健康体に戻ってくれてからは、夫の方が一生懸命で、子どもが欲しいと頑張ってくれました。

私はもともとあまり子供を欲していなかったので、夫の意見に流されるがままに、なんとなく妊娠を待っていました。なにしろ歳の差婚だった為に夫にも、結婚する前から妊娠は厳しいかも。と話していました。

 

けれど、夫はそれでも結婚したいと言ってくれて、入籍しました。

もしも、子どもができなかったら、養子をもらおうね。なんて言ってくれていましたが、私としては子どもができなかったら、夫とあっちこっち旅行にいくのもいいなぁ、なんて考えていました。

ところが、ところが、夫がブラックを辞めてから、すぐに妊娠しました。夫自身の体力も、戻ってきたし私も、毎日やつれて行く夫を見てハラハラしなくなったせいか、すぐに妊娠してしまいました。

もうすでに、高齢出産だったので自分自身の体が持つかどうかも、心配でしたが、子どもも五体満足で産まれてきてくれるかとても心配でした。

しかしそんな心配もどこ吹く風で、元気に五体満足に産まれてきてくれました。

そして、高齢な為に産めるなら急いで産まなきゃ!とすぐに妊活するとまたすぐに妊娠してしまいました。長女を出産して、4か月後にはまた妊娠していました。

 

おかげで、いまは2人の娘に恵まれて、旦那と休みの日は動物園に行ったり、水族館にいったりして、家族4人で楽しく過ごしています。

 

やはり家族を増やすには、まずストレスの軽減と、規則正しい生活が一番なのではないでしょうか。

二人目妊娠希望!挫折しかけたその時…?!

私には3歳半になる息子がいます。

結婚5年目、丁度四年半が経ちました。息子が三歳になったとき、そろそろ二人目が欲しいなと思い主人と相談して子作りを始めました。

でも最初は、私の生理周期がバラバラでタイミングを逃してばかりでした。

妊娠しやすい時期を狙って仲良くするもうまくいかず…とうとう主人はキレ出しました。私は子供が欲しくて仲良くしたかったのに、疲れているのに強要するの?みたいに言われてとても悲しい気持ちになりました。それからは、私もお互いが嬉しい気持ち・わくわくする楽しい気持ち二なれない時に無理にしても意味がないと思いふっきりました。

そしたらいつの間にか妊娠していたのです。本当にびっくりしました。子作りを始めて4ヵ月目のことでした。そんなの苦労のうちに入らないと思われる方もいると思います。でも周りはもう三人目を妊娠・出産している時期でしたので、私も早く兄弟姉妹を作ってあげたいという思いで焦っていました。

その思いはあまり主人には伝わっていませんでした。多分、私が最初に妊娠したのが24歳でまだ年齢も若くそれほど心配していなかったからだと思います。

でも実際に子供が欲しいと思い始めて子作りを始めてすぐに授かれない期間はとても悲しかったです。やっぱりこればかりは、天からの授かりものなのだと改めて思いました。

 

特に今は不妊の方が多く、何年も子供が出来ずに悩んでいる方も沢山います。私の場合は、一人目を出産したあと甲状腺の病気になりホルモンバランスが崩れ妊娠しずらいかもしれないといわれました。

それでも諦めきれず、通院する日々が一年も続きました。それからの二人目妊娠でしたので喜びは言葉に言い表せられません。

 

でも数か月の間、子供を授かれなかっただけでこんなにも悲しい辛い思いをするのであれば何円も不妊で悩んでいる方はどれほどつらいだろうということも感じました。

 

私は夫婦で葉酸サプリを飲んだりストレッチをして妊娠しやすい身体づくりを心掛けました。その前に一年に一度は、子宮がん検診を受けたりといつ妊娠してもいいように検査だけはしっかりしていました。

 

これから子作りを始めたい方には、こうした定期的な検診もお勧めしたいと思います。いつどうなるか分からないことなので、こうした小まめな検診はとても大事だと思います。

またそれ以上に夫婦が一つになり、同じ目的に向かって一緒に頑張ることも精神的な安定に繋がると感じました。

順調な妊婦生活のはずが、突然自宅安静となってしまいました

 

 

待望の妊娠をして、妊婦生活が始まりました。

 

私はつわりがほとんどなかったので、初期の時期でも何でも食べることができ、気持ち悪くなることも一度もなく、フルタイムで仕事をしていましたが、妊娠前と全く変わらずに仕事ができていました。

特に体調に変化もなかったので、朝の通勤電車も苦痛に感じたことがなく、妊娠していることを意識することもなく日常生活を送っていました。私が妊娠する少し前には、職場の別の女性が妊娠したのですが、その人はつわりがひどく、1か月近くまともに仕事ができなかったり、出社しても青白い顔でほとんど仕事にならない状態だったので、つわりは人によって本当に差があるのだなぁと実感しました。

 

安定期に入ると、トラブルがなかったため積極的に動くようになりました。子どもが産まれた後は自分の時間がないので、それまでにやりたいことは全部やっておいたほうがいいよ、という先に出産した友人たちのアドバイスもあり、美味しいものを食べに行ったり、行きたい場所に外出したりと、好き勝手に過ごしていました。

妊娠7か月に入って検診に行ったときに、院長先生に赤ちゃんが下がりすぎているかもしれないと指摘されました。

 

詳しく検査をしてみると、子宮頸管が短くなりすぎていることがわかりました。全く自覚がなかったのでびっくりしました。その日から、突然自宅安静を言い渡され、呆然としてしまいました。私はずっと元気だったので、赤ちゃんを迎える準備より、自分の楽しみを優先してしまっていて、まったくベビー服やベビーベッドなどのベビー用品や、出産に必要なものをまだ準備していませんでした。

 

ちょうど検診に行く直前に派遣の契約の関係で仕事は辞めていたので、職場に迷惑をかけることはなかったのは幸いでしたが、仕事をやめて、そろそろ出産に向けての準備を始めようかと思っていた時に、自宅安静で思ったように動くことができなくなってしまい、もう少し早くから準備をしておけばよかったと後悔しました。

 

自宅安静中は、食事、トイレ、シャワー以外の時は常に横になっておくようにとの指示でした。家事も他人に任せるように言われたので、母に掃除や洗濯に来てもらったり、夫に買い物をして帰ってきてもらったりと、周りの人にいろいろ迷惑をかけてしまいました。

 

それも、自分はしんどいわけではないので、なんだか罪悪感がありました。自宅安静が良かったのか、結局は出産予定日付近で産まれたので、早産にならずにホッとしました。